「世界で最も美しい肘をもつ椅子」 Finn Juhl NV45
ブラジリアンローズウッドの特別な一脚
Finn Juhl(フィン・ユール)のNV45とは何か。
ヴィンテージ品であることの価値、そしてとある一脚が示す超希少性が一体どのようなもので、なぜ別格なのか。
デンマークデザイン史とともに解説します。
目次 |
1. デンマークデザイン史における革命
1940年代のデンマーク家具は、機能性と構造の合理性を重視する「機能主義」が主流でした。
Kaare Klint(コーア・クリント)は18世紀のイギリスで確立した家具様式に注目し、「人間の身体と道具の関係」を科学的に分析、プロポーション(比率)の美しさを重視しました。
英国家具の伝統を合理的に再解釈するアプローチでした。
椅子であれば、座面の高さ、背もたれの角度、脚のプロポーション。
それらを人間の身体との関係から科学的に分析し、装飾を取り除いた上で現代の用途に合わせて再構築しました。
確かに体系的で理解しやすく、生産性の面からすると理にかなった考え方かもしれません。
そのような当時のデンマーク家具の常識を、Finn Juhl(フィン・ユール)が壊します。
フィン・ユールに影響を与えたとされる要素
フィン・ユールは歴史的な参照をほぼ持たず、彫刻や抽象芸術から発想を得た全く新しい独自のデザインを確立します。
彫刻・芸術との接点
フィン・ユールはHenry Moore(ヘンリー・ムーア)やJean Arp(ジャン・アルプ)ら有機的抽象彫刻の影響を受けたとされています。
フィン・ユールの「浮遊するシート」という発想は、彫刻の空間把握から来ているという説が有力です。
建築教育の影響
フィン・ユールはデンマーク王立芸術アカデミーで建築を学びました。
師は当時最先端の建築家であったVilhelm Lauritzen(ヴィルヘルム・ラウリッツェン)。
建築家として空間全体を彫刻的に捉える視点が、家具デザインにも持ち込まれたと言われています。
独自の感性を磨いていったフィン・ユール。
当時のデンマーク家具界のクリント流派には属さず、むしろ意識的に距離を置いたとされています。
2. 芸術的感性から生まれたNV45のデザイン
フィン・ユールが椅子に持ち込んだのは、設計の論理ではなく、芸術家の直感でした。
どう座るか、ではなく、どう見えるか。
どう機能するか、ではなく、どう美しいか。
その問いが、名作NV45を生みました

NV45のシートとバックレストは、フレームから「浮いて」います。
さらに注目したいのが、前脚と後脚をつなぐ斜めの貫です。
水平ではなく、あえて斜めに渡されたこの貫は、構造的な強度を保ちながら、椅子全体に躍動感と軽やかさを与えています。
構造的に必要のない部分を削ぎ落とし、有機的な曲線だけを残した結果、椅子はまるで彫刻のような美しさをもつデザインになりました。

同時代のデンマーク家具デザイナーたちが「機能」を追求していた時代に、フィン・ユールだけが「美」を椅子に持ち込んだのです。
批評家たちは当初、この椅子を理解できませんでした。
しかし1950年代初頭、アメリカでの展覧会出品を機に国際的な評価を確立します。
「世界で最も美しい肘をもつ椅子」という称号は、この頃から定着しました。
3. NV45ヴィンテージの価値 なぜ今も世界が求めるのか

NV45のオリジナルは、1945年から1960年にかけてNiels Vodder(ニールス・ヴォッダー)工房でのみ製作されました。
ニールス・ヴォッダーは、フィン・ユールの複雑な有機曲線を唯一再現できると言われた伝説的な職人です。
現代ではOnecollectionがライセンス生産していますが、ニールス・ヴォッダー工房製作時代の個体は:
- 製作期間がわずか15年で終了しており、絶対数が少ない
- 手仕事による精度が現代の工業生産では再現不可能
- 経年による「古艶」が素材の深みを増し、新品では得られない表情を持つ
- 来歴(プロヴェナンス)が価値に直結する
世界市場では状態の良いニールス・ヴォッダー工房製作時代の個体は数百万円から、希少仕様になると数千万円規模で取引されます。
1stDIBSでは同等品が約2,900万円で出品されており、これはコレクターズアイテムとしての椅子が美術品と同じ市場で評価されていることを意味します。
4. このNV45が「別格」である理由
KONDOがデンマークを訪れた際、幸運にもこの特別な1脚に出会うことが出来ました。
今回入手したNV45は、ニールス・ヴォッダー工房製作時代のオリジナルであるだけでなく、さらに複数の条件が重なった極めて稀な個体です。
① ブラジリアンローズウッド仕様

NV45の標準素材はチーク材です。
ローズウッド仕様は、おそらく特別注文としてのみ製作されたと推測されており、現存数は世界的にも極めて少ないと考えられます。
さらにこの個体は木取りが特に優れており、深みのある美しい縞模様が際立ちます。
② Bovirkeのシール現存

座面下のフレームに、Bovirke(ボヴィルケ)店で販売されたことを示すシールが残っています。
Bovirke(ボヴィルケ)社はコペンハーゲンの家具屋のオーナーであったPoul Lund(ポール・ルンド)がフィン・ユールに依頼しニールス・ヴォッダーの協力のもと立ち上げられたブランドだといわれています。
このシールは椅子の出自を証明する一次資料です。
来歴が明確であることは、ヴィンテージ市場において価値を大きく左右します。
③デンマークの職人によって蘇る、オリジナルの佇まい

製作当時のオリジナルが持つ佇まいを再現するためにデンマークの職人によって丁寧に張り替えが施されています。
張り地に選定されたのが1851年にデンマークで創業したファブリックメーカー、Gabriel(ガブリエル)社の「SAVAK」。
そのデザインを手掛けたのは、デンマークデザインを語るうえで欠かせないデザイナーTove Kindt-Larsen(トーベ・キント・ラーセン)です。
椅子本体だけではなく、張り地にもでデンマークデザインの歴史も連なる素材を選ぶことでオリジナルの魅力を尊重しながら、現在の空間にも美しく馴染むように仕上げされています。
細部にまでデンマークらしい美意識を感じていただける一脚です。
フィン・ユールの作品は今日、MoMAをはじめ世界各地の美術館に永久収蔵され、20世紀を代表するマスターピースとして位置づけられています。
「椅子を買う」のではなく、「デンマークデザイン史の一片を手に入れる」――そういう一脚が、今ここにあります。
Finn Juhl NV45 Chair of Brazilian rosewood
SIZE:H82 × W69 × D77 × SH43 cm
MATERIAL:ブラジリアンローズウッド、ファブリック(Gabriel社 SAVAK)
FINISHING:ラッカー仕上げ(木部)
MANUFACTURE:Niels Vodder
調達元:KLASSIK,København, Denmark
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